放浪し進化するコミュニティサポーター栗之助のブログ

放浪し進化するカウンセリングマインド♥️をベースに活動するコミュニティサポーターです。

私が放浪し続ける訳

こんにちは。放浪するコミュニティサポーター桃川栗之助🌰(CS栗之助🌰)です。

 

ブログを楽しみにしてくださっている方もいらっしゃるみたいなので、最低、週一回のペースで記事を投稿したいと思います。よろしくお願いいたします。

 

今回はこのブログのタイトルになっている「放浪する」についてです。

 

おそらく、自分が履歴書を書く状況や、勤務証明を取る状況になったら、かなり書くことになり、多くの勤務していた場所に証明を取る必要があるくらい、様々な領域を放浪して来ました。

 

一昔は「終身雇用」が当たり前で、自分の様に転々と働く場所を変えるのは、良い評価を受けませんでしたが、どうも自分は1カ所で留まることが性に合わない様です。

 

そして、放浪し続ける訳は、ものすごく単純で「きちんと自分の五感でその現場を見て感じたい」という思いがあるからです。

 

最近のメディアは、揃って「不幸ネタ」を扱い、それに対し、進行役やコメンテーターと名乗る連中が、こぞって集中的に叩き潰すという、観るに耐えられない状況です。

 

最近、メディアに対して「世の中がこういう風に一般的に扱われている」という程度でしか考えていないので、それに踊らされることがないようにしています。

 

逆にSNSの方が、メディアが取り扱わないことまでも伝えているので、今は、情報を拾捨選択し、常に正しい情報を得る様にしています。

 

話はそれましたが、自分は実際に五感で体感しない限り、基本コメントを出さない様にしています。


体感していない情報については、あくまでもこういう情報が流布していると事実だけ伝え、コメントは一切しません。

 

そんな自分が、放浪するだろうと思ったのは、何時かは忘れましたが、姓名判断を受けた時に、一カ所には留まらず大器晩成だと言われたことに起因します。

 

その時は、社会人としてスタートしたばかりで、最初は医療系で勤務していました。その後、縁があって教育系に移り、しばらく勤務していましたが、このまま教育が衰退して行くのを目の当たりにし、危機感を覚え、生活に直結し衰退しない福祉系に主軸を移しました。

 

ただ、系列は変われども、一貫しているのは、学生時代に専攻していた心理学を基盤にしていることです。

 

職種は様々に変われども、心理学で学んだカウンセリングマインドだけは、時代の流れでスタイルは変わっても、持ち続けています。そしてそのマインドは、今のコミュニティサポーターの核(コア)になっています。

 

カウンセリングマインドも、様々な現場経験を経て、教科書的に学ぶものではなく、 コミュニティでの人々との関わりの中で、基本的な人としての当たり前のやりとりが磨かれ、形になっていくものだと思っています。

 

コミュニティサポーターとして、放浪する中で、様々な人々と出逢って来ました。


その中で学んだことは、学校での学びが霞むくらいに良い経験になり、糧になりました。

 

私が教育系から異動した理由は、教育をする上で大事なことは「教科書にはない実経験を言葉にして後世に伝えること 」だと思い、福祉系の現場で実践し、伝えていました。

 

しかし、教育で求められるのは、あくまでも「教科書的内容」であり、実経験は不必要と一蹴されました。

 

福祉系現場は本当に悲惨な状況で、それを伝えても「不必要」と言われましたが、私の核は「自分が五感で見て感じたことを伝える」を否定することになるので、信念を貫くため(もっと言えば自分の意地)だけでやってました。

 

それが、会社には従順な社員には見られず、全く興味関心のない会社の権力抗争に巻き込まれ、やむを得ず、教育系から身を引く決心をしました。

 

そして、福祉系に漂着するのですが、最初に配属された部署が超ブラックな所で、長年、いろいろなモノに刃を向け、戦っていた疲労もあり、心身が殺られ、長期休養に陥る羽目になりました。

 

社会人になり、様々な領域でコミュニティサポーターを休まずやり続け、ウン十年(一時期は月1~2回しか休みがありませんでした)で、初めての長期休養でした。

 

初めて、歩みを強制的に止められたことで、改めて、自分の現在、過去、未来、を考える時間が出来ました。

 

自分がコミュニティサポーターになったのは何故?今はどうしたら良いのか?これからどうして活きたいのか?、様々な自問自答が続きました。

 

心身が殺られた状態なので、頭の中だけで考えるのは難しいというか出来ないので、日々のルーティンに「文章を綴ること(ジャーナリング)」も入れました。

 

当時から、お世話になっている医師からは、服薬をしながら、規則的生活をする様に言われた(実は当時のことは良く覚えていません)ので、毎日、朝起きて、散歩して、家事して、服薬して寝ること、そしてジャーナリングを、毎日のルーティンにしました。

 

散歩とジャーナリングだけは、天候に関係なく、長期休養から正式に会社に戻るまで、一日も欠かさずやりました。おかげで文章を綴ることは苦ではなくなりました。上手い下手は関係ありませんが😅

 

そして、この長期休養を境に、生活スタイルを一掃し一新しました。流行りの断捨離をして、人もモノも一掃しました。

 

人は今まで「人脈」を大事にしていましたが、「この人とはつながりたい」という人だけを「縁」として残し、全て、捨てました。実はこのタイミングで長年使っていたスマホを解約しました。

 

モノも、一般的な断捨離のやり方で、服は2/3を処分(ほとんど発展途上国への支援に寄付しました)、山積みになっていた本も2/3以上を古本屋に持って行きました。

 

当時は、長期休養で収入も減っていたので、売れた本の金額はありがたい臨時収入になりました。他のモノも地域でのフリマに寄付するなど、ほとんど処分しました。

 

断捨離で、心身が軽くなり、人間関係がシンプルになったことで、新たな良縁が生まれました。そこでつながった仲間とは、今でもLINEでのやりとりが続いています。

 

そして、この長期休養でたくさん読書をしました。そこで出逢ったのが、キングコング西野亮廣さんの著書「革命のファンファーレ」でした。

 

出逢いも偶然で、たまたま日中聴いていたラジオで、DJが紹介していたのを聴き、ネットで即注文し、読み終わった後に、長期休養に陥った自分を責めていた自分を許し、放浪するコミュニティサポーターとして「活きて生きよう」と思えました。

 

その後、職場復帰の後、転勤異動命令が下り、長年住み慣れた場所から離れることになりました。


新たな絆でつながった仲間と物理的に離れる悲しさはありましたが、全く経験のない新たな業務につくこと、この経験も放浪するコミュニティサポーターとして活かせると思い、旅立ちました。

 

おそらく、私の放浪の旅はまだまだ続くと思います。そして私がコミュニティサポーターとして目標にしている、全てのみんなが more happiness になり、bad end ではなく、win-win で happy end な結末になることを、放浪して現場を五感で感じながら、自分が出来ることをやって行きたいと思っています。

 

転勤異動する前、時間が無い中、縁でつながった人に会いに行って来ました。


その時にある人(私はその人を「恩師」と慕っています。先日もピンチから助けてくれました🙏)から、こんな言葉をいただきました。

 

「あなたの役目は、これからの経験も含め、それらを後世に語り継ぐこと。」

 

この言葉をいただいた時、この人は本当に私を見抜いているんだと思い、今の私を支える言葉の一つになっています。

 

長期休養を境に生まれ変わったことで、違った意味で活動的になり、いろんな行きたい場所に行き、新たな良縁につながることで、新たに「旅コミュニティ」に挑戦しようと思いました。

 

放浪するのは、旅をするのと似ているところがある様に思えます。放浪でも旅でも、現場や現地に赴かなければ、五感で感じ取ることが出来ません。

 

今の世の中は、便利になり、情報が瞬時にキャッチ出来ますが、情報の先にある事実は、実際に赴かなければ全く分かりません。

 

カウンセリングマインドを基盤にする、コミュニティサポーターとして、目の前のサポートを必要としている人をサポートするためには、その人を感じ取る力が必要です。

 

ただ、勘違いしてはいけないのは、その人を理解しようとすることは出来ないことであり、「分かる」と声を掛ける行為はおこがましい態度であり、大事なことは「感じる」ことだと、私は思います。

 

Don't think. Feel ! という名言がありますが、これこそ、私がコミュニティサポーターとして大事にしたいことです。

 

今回もいろいろ話がポンポン飛びましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

Let's be and do more happiness!