放浪し進化するコミュニティサポーター栗之助のブログ

放浪し進化するカウンセリングマインド♥️をベースに活動するコミュニティサポーターです。

本当の「専門家」とは?

こんばんは、コミュニティサポーターであり、エッセンシャルワーカーでもある栗之助です。いよいよ6月になりました。

 

自粛モードが解かれましたが、まだまだ見えない敵との戦いは続いています。この戦いは永遠になるかもしれませんし、どこかで決着がつくかもしれませんし、どこかで折り合いをつけることなるかもしれません。

 

私個人の考えでは、今後、見えない敵は方法を変えながら、我々を襲って来て、その度に、人間の英知が試されることが続いて行くと思います。

 

なので、どこかで、折り合いをつけていくことが、一番、懸命でかつ、賢い選択だと、個人的には思います。

 

もう、新型コロナウイルスが発生する前には戻ることが出来ないという中で、新たなコミュニティを形成し、ライフスタイルを変化させて行くことが必要だと思います。

 

この自粛生活の中で、人間は、いかに世の中に無駄なことが沢山あることを思い知らされました。

 

それを、自粛警察や他人への偏見や罵詈雑言で不安を解消しようとした人間の形をした物体としての「ヒト」と、この未曾有の事態を冷静に判断し、未来を再構築して、違う世界を描いた「人」では、アフターコロナでの生き方や活き方が全く変わって行くと思います。

 

私自身、自粛生活も、エッセンシャルワーカーとしての作業も、正直、しんどいですが、逆に、これらの経験から、自分の未来をどうやってクリエイトするか明確になりました。

 

今はそれに向けての準備をしながら、アフターコロナでステイホームになった時の過ごし方、ただ外出するのではなく、目的と目標を持って外出するという考え方に変化しました。

 

具体的には、外出する時には「マスク着用」が原則ですが、せっかくマスクを着用するのであれば、歩く距離と歩数を増やし、身体に負荷をかけることにしました。

 

歩数を1万歩以上に設定し、ヒトが集まる場所ではマスク着用をしますが、それ以外のただ歩く時もマスクをすることで、良い有酸素運動になります。

 

ということで、今日のタイトルになっている「本当の『専門家』とは?」という本題に入りたいと思います。

 

最近、士(師)業を名乗ってSNSで発信する輩がいますが、本当に低レベルなことに無駄な時間を割き、些細なことを大きく取り上げ、断罪するのが、真っ当な正義みたいなことをやり、不寛容社会に加担している様子を垣間見ますが、それを観るたびに、士(師)業というのが、ますます嫌になって来ました。

 

残念ながら士(師)業は、所定の受験資格を持ち、試験に受かり、登録すれば名乗ることが出来るもので、士(師)業有資格だから「専門家」というのは、間違いです。

 

真の専門家は、士(師)業が業務として名乗って出来る範囲を知り尽くし、それを生業として出来ることです。

 

なので、専門家は「〇〇」の分野は知っているが、他の分野は知らないから、それについては言及しません。

 

例えば、アフターコロナの対処で、士(師)業を名乗る連中が、いろいろな方法を提供していますが、残念ながら、「本当にその方法を分かって発言しているの?」と思い、怒りを超え、唖然とするのが、SNSに散見されます。

 

私はエッセンシャルワーカーとして、最前線で援助みたいなことをしていますが、私が出来ることと知っていることは提供しますが、知らないことは「分かりません」と返答し、その筋の専門家に相談するか、そっちに対応をお願いします。

 

私も、主流の分野があり、その分野については長けているので、それについては、その立場であれば動きますが、今は、全く畑違いのところにいるので、ほとんど主流の分野については使っていません。

 

逆に畑違いの場所にいると、分からないことばかりですが、エッセンシャルワーカーとしてやっている以上、最低限の知識と行動は、ようやく出来る様になりましたが、より掘り下げた内容になると、本当に分からないので、その筋の方に方法を訊くことが多々あります。

 

そして、情報量を知識として蓄え、必要な時に取り出して、使うようにしています。

 

なので、今、エッセンシャルワーカーとしてやっている分野については、専門家ではありませんし、士(師)業を名乗ることも必要ないので、一切、名乗らず、単に、エッセンシャルワーカーとして使っている業務上の名称を名乗っています。

 

ただ、普段は会社の職名で呼ばれているので、ほとんど、エッセンシャルワーカーとしての名称を名乗ることも、言われることもありません。

 

そして、困った士(師)業がSNS上をザワつかせているので、名乗る必要がないのは、士(師)業嫌いの私には、本当にありがたいことです。

 

本当の専門家は、経験値に基づき、専門性に磨きをかけ、知識を積み重ね、「後世に語り継ぐ」ための「教本」を作ることを、口外せず、地道にやっていく人のことだと、個人的には思います。

 

浅はかな薄っぺらい知識を、上から目線で、自己満足レベルで提供する士(師)業だけには成り下がりたくはないと、SNSの無責任発言と不寛容社会を増殖している、どうしようもない士(師)業を観ていて、さらに気持ちが強くなりました。

 

ちなみに、同じレベルの生物に「大学教員」というのがいますが、これらも、自分の知識が一番素晴らしいと自画自賛し、それが世の中に必要だと大きな勘違いをしている、現場経験知ゼロなので、そういう肩書だけで、言動を信用しない方が良いと、個人的には思います。

 

肩書ではなく、唯一無二のスタイルで、今も、これからも、エッセンシャルワーカーも経験した「コミュニティサポーター」として、地道に地味に淡々と活動出来ればと思っています。

 

そのためにも、今の経験も自分の「経験値」として、専門家になるための「糧」にして、必要な知見を得るための努力を惜しまずにやりたいと思います。

 

6月に入り、自粛生活で止まった時間が、少しずつ動き始めましたが、見えない敵をやつける方法が未だに見い出せない中、まだまだ、それぞれが防御する方法を模索していると思います。

 

自分自身や大切な人を守ることは大事ですが、人間としての大切なものだけは、無くしたくないと、思い、日々の生活を過ごして行きたいと思います。

 

改めて、外に出ることが、こんなにも素敵なことなのか!と感動しています。

 

今は「旅する」よりも「外に出る」ことに、フォーカスしたいと思います。